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ベッドブログ

家の中で完結するブログです。

過去の名作を慈しむ(2)『ゴールデンスランバー』

 面白い本でもないかなあ……。いつものように本屋を物色していると、一冊の本の帯に惹かれた。「男性書店員絶賛」との謳い文句で、平台に積まれていたのは伊坂幸太郎の小説『ゴールデンスランバー』だった。

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小説の表紙。面白いから本屋で見つけたら買ってね。

 私の感覚として、女性はミーハー心とか、「私だけが知っている」というステータスで物を評価しがちな傾向にある気がする。例えば音楽バンドなんかも、インディーズバンドのライブに行くのはやはり女性だ。一方、男性はというと、なかなか他者を認めようとしない。私なんかも、よほど気に入ったものしか好きだと公言しないし、公言する場合は、「これはすごい」と心から感じた場合のみである。そういう意味で、男性書店員が絶賛しているという触れ込みは、なかなか強力な威力を放っていた。

 さて、この小説『ゴールデンスランバー』だが、2007年に刊行されたにも関わらず、未だ本屋に平積みされているという点だけ見ても、かなり人気であることが窺える。本屋で見たその日まで存在すら知らなかったこの小説だが、実はいくつかの賞を受賞しており、2010年には映画化もされているなど、なかなか有名な小説だったらしい。ということで、小説を読んで、比較として映画も見てみた。今回の記事では、小説と映画の比較みたいなことも視野に入れながら、同様、魅力を紹介していく。

spansees.hatenablog.com

 

あらすじ(wikipediaより引用)

首相公選制が存在する現代。仙台市では金田首相の凱旋パレードが盛大に行われていた。

宅配業青柳雅春は数年前に暴漢に襲われていたアイドル凛香を仕事中偶然にも助けたことで一躍時の人となり、地元では顔を知らない人がいない有名人。

そんな青柳は数年ぶりに大学時代の親友・森田森吾に呼び出される。森田の様子がおかしいことを訝しむ青柳に、森田は「お前、オズワルドにされるぞ」と告げる。

なんのことか分からない青柳だったが、その直後に首相は暗殺され、警官が2人のところにやってくる。「お前は逃げろ」と促された青柳はその場を逃げ出し車を後にするが、森田は自動車ごと爆殺されてしまう。

その頃、街中では早くも青柳の顔写真や映像がくり返し流され、首相暗殺犯として大々的に報道されていた。青柳は、警察やマスコミを意のままに操作出来る人間が、自分を犯人に仕立て上げようとしていることを思い知らされる。

青柳は様々な人々の力を借りて、逃走につぐ逃走を重ねて、逃げ延びる。

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映画。小説の方が面白いけど、暇ならどうぞ

 

面白い点1、時空を超える読者

 まず面白いのが、小説の構成だ。目次は以下の通りになっている。

1.事件のはじまり
2.事件の視聴者
3.事件から二十年後
4.事件
5.事件から三ヶ月後

 お分かりいただけるだろうか。読者は、この小説を読みながら、物語内の時空を彷徨うことになる。主なストーリーとなるのは、「4.事件」なのだが、私たち読者は、「3.事件から二十年後」の時点で物語の結末を知る。結末を知ったうえで、どのようにして物語が展開していくのかを推測しながら読み進められる点が、『ゴールデンスランバー』という小説の最も魅力的なところだろう。

 一方、映画はどうかというと、「4.事件」だけに焦点を絞った物語となっている。もちろん本編にあたる「4.事件」だけを見ても面白いことには面白いのだが、話の重厚感という点から、小説と比較すると少々物足りなさを感じてしまったのは、私だけではないはずだ。

 面白い点2、森の声が聞こえる森田森吾

 また、この作品のもう一つの魅力は、「登場人物」だ。小説を読み終わった時、真っ先に私が抱いた印象は、少年漫画っぽいという点であった。すぐさま伊坂幸太郎について検索をかけると、やはり少年漫画の原作を担当しているようだった。登場人物の一人一人に少年漫画らしい過度な個性が持たせてあり、フィクションの度合いが強かった。

 特に私のお気に入りの登場人物は、主人公の親友に当たる、「森田森吾」という男だ。名前に森が2つある自分は、森の声が聞こえるために予知能力があると豪語する森田。主人公と再会した時には、「実は森の声のことは嘘だ」という旨の発言をし、これまでに未来を予知したのは全て賢い頭脳による推理だったことを明かした。直後、主人公をかばって爆死。ものすごくキャラクターが立っていたのにあっという間に死んでしまった。このように、当作品に登場する人物は、全てキャラクターが立っている。読んでいて面白い人間がたくさん出てくることが魅力だ。私の印象では、森田森吾は、豪快無欠で、他人の意見を聞かないタイプで、なおかつ筋肉隆々だけど実は知的という人物を想像していた。そのため、映画では、画像左の優男が森田を演じていたことにかなりの違和感を覚えた。僕としては、『リング』の高山竜司くらいの無敵感が欲しかった。

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優男と化した森田森吾(左)と、まだ倍返ししていない頃の堺雅人(右)

ちなみに映画では、森田の森の声の話は一切登場せず、普通に爆死した。あまりにもったいない改悪であったと思う。

 面白い点3、ラストは親指の使い方の話

 そして最後に面白かったのは、明らかな細部へのこだわりである。登場人物の些細な癖や言動を、これでもかというほど物語の重要なエピソードに昇華していた。むしろ、その細部のこだわりによって、一見荒唐無稽な話が見事に収束したという印象。

 私は、上記3点、「時系列が順序する構成」「登場人物のキャラクター性」「細部のこだわり」こそが、『ゴールデンスランバー』という作品の面白さだと感じたのだが、映画では、三つ目の「細部のこだわり」にだけ焦点が当てられていたように思う。映画の2時間という制限の中で、3つとも上手く盛り込むのは難しいという判断の上なのだろうが、やはり私がいつも感じている、「映画よりも原作の方が圧倒的に面白い」という感覚は『ゴールデンスランバー』にも当てはまった。